インタビュー記事山形新聞「多文化ヤマガタ探訪記」

インタビュー 山形新聞 多文化ヤマガタ探訪記(2020年2月25日) 取材滝口克典氏

多文化探訪記26 伊藤和美さん(NPO法人明日のたね 代表理事)

例年になく暖冬の一月末、鶴岡市長沼の旧児童館を活用した子育て支援拠点「長沼ともにひろば」の一室にて、ある講座が開かれていた。集まっているのは、庄内に暮らす子育て中の女性たち10人ほど。彼女らが編集委員となりママさん目線の情報冊子をつくるという企画の一環で、この日はライターの伊藤秀和さん(35歳・三川町地域おこし協力隊)を講師に、取材や執筆、編集についての講座が開かれているのだった。
「いま、困ってることって?」という問いかけから始まる熱気あふれる講座風景。おもしろいのは、熱心にやりとりする大人たちの周りで子どもたちが動き回ったりお絵かきしていたりする点。ときおりそこから声があがりにぎやかになることもあるが、動じない。ゆるやかでやわらかな場のありようが印象的だ。
講座の後はそのまま編集会議に。車座に座ってわちゃわちゃとにぎやかに語り始めるママさんたち。ときにその話に交じりつつ、それらを俯瞰する位置で傍らのホワイトボードにやりとりを図示していく女性の姿がある。この開放感あふれる拠点を運営するNPO「明日のたね」代表理事の伊藤和美さん(47歳)だ。
伊藤さんは庄内町の出身。酒田商業高校を卒業後、数年間の地元企業への勤務を経て郡山市の専門学校に進学、理容とセラピーを学ぶ。数年後にUターンを果たし、諸々の準備を経て、地元での開業にいたった。それらと並行して結婚と二児の出産とを経験する。とにかく大変な日々だった、という。
自身がお店を開いているため、子どもの預け先が不可欠。しかし夫は会社員、同居家族は病気療養中で頼れる人が身内にいない。となれば公助に頼るしかない。だが、行政の窓口では「大変ですが、保育園自分で探してください。一覧とかはないので」の一言。「冷たいわけではないが、結局は他人事」な人びと。仕方なく片っ端から電話しまくって何とか預け先を探し当てたそうだ。当時を思い出すと、いまでも涙がにじむという。
とはいえ、育児、仕事を「ワンオペ」でこなすのは困難で、結局彼女は数年後にお店を閉め、それから1年ほど失意のうちにひきこもり状態に。休息期間を経て、再び社会につながろうと臨時雇用の仕事に従事するなか、東北公益文科大学(酒田市)の伊藤眞知子教授(社会学・ジェンダー論)と再会した。
かつてまちづくり企画で知り合っていた伊藤教授がそのとき会長を務めていたのが「庄内地域子育て応援協議会」(2010~13年、以下「協議会」と略記)だった。自身の体験もあり、和美さんはそこへの合流を決意。「あのとき自分がしてほしかったことを」との思いから、庄内地域二市三町の子育て応援情報を一元化し網羅したウェブサイト「TOMONI」を運営する活動に従事していくようになる。
和美さん曰く、「子育て=ママという図式がある。しかし、母親にすべてを負わせる子育てはおかしい。父親や地域などいろんな人が関わるべき。でもそうなっていない。「自分の子だけ」という狭い世界になっている。」ではどうするか。「接点がないのが問題。父母や子と地域、父母とよその子など、いろんな接点があるといい。会えば仲良くもかわいくもなる。そういう接点をつくることが必要なんですね。」
「協議会」終了とともに、彼女らはその後継となる「明日のたね」を設立。サイト運営に加え、この「接点づくり」を軸に、活動を展開していくようになる。翌14年には児童館跡地を探し出し、交渉の末に入居。地域の人びととの関係を築きつつ、16年からは鶴岡市より地域子育て支援拠点を受託するようになった。
彼女らの強みは当事者性だ。自身もその問題を経験した身ゆえに皮膚感覚で当事者の大変さがわかり、共感的な支援がつくりだせる。しかしそれだけではない。「明日のたね」の実践には、そうした当事者性に加え、彼女らが伊藤教授から受け継いだジェンダー論の視点、現状に対する批判性が組み込まれている。この両輪があるからこそ、安心できる場でありつつ風通しのよさもあるような「開かれた親密圏」が実現できているのだろう。地域に大学があることの意義を改めて感じさせてくれる、そんなとりくみである。
【明日のたね】2013年に発足、翌年に法人化。鶴岡市長沼にて、地域子育て支援拠点「長沼ともにひろば」や子育て応援情報発信サイト「TOMONI」の運営を行う。庄内のママたちの小冊子は3月末発行予定。